旧国鉄篠山線の廃線跡を訪ねる

こんにちは、よこてんです。
いつもご覧いただきありがとうございます。

■ 丹波篠山に残る廃線跡

みなさんは、「丹波篠山」と聞いて、どのようなことを思い浮かべられるでしょうか。

この季節だと猪肉を使った「ぼたん鍋」や「丹波黒豆」など美味しい食材が豊富な場所でもありますし、夏は「デカンショ祭り」で有名です。3月に行われる「篠山マラソン」もご存知な方は多いかと思います。大阪から福知山線を使って、1時間と少しで自然豊かな丹波篠山市の玄関口「篠山口」に到着します。

そんな丹波篠山に「ぼたん鍋」は浮かんでも「篠山線」という旧国鉄の路線があったことを思い浮かべる方はおそらく少ないかと思います。
2020年の2月、丹波篠山市にある宿泊施設「ユニトピアささやま」が「旧国鉄篠山線廃線跡ツアー」というのを開催、友人と参加してきました。ちょうど新型コロナウイルスが感染拡大するそのわずか前の開催となりましたが、その際の訪問記をご紹介いたします。写真等は当時のものとなり、現在とは違う部分もありますことご容赦ください。

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篠山線は1942年に建設が始まり、1944年、篠山(現在の篠山口駅)~福住間17.6kmが営業開始しています。途中に篠山駅ができた関係で、この年に篠山口駅と改称されて今日に至っています。
篠山口駅です。近代的な橋上駅に生まれ変わっていて、特急「こうのとり」も停車します。この写真から篠山線を想像することは難しいですが、快速電車が出ていくホームの反対側、ちょうど写真が切れたあたりに篠山線が発着していたのではないかと思います。

■ 山陽新幹線の過去は篠山線!?

今回は企画ツアーであり個人的に散策するかたちではありませんので、駅前にお迎えのマイクロバスが来ていて、一旦、「ユニトピアささやま」に向かいます。
「ユニトピアささやま」でまずは昼食、地元の食材を使った「丹波黒豆カレー」をいただいたあと、国鉄篠山線を様々な角度から取り上げ、地域の活性化をはかられている松本剛氏の講演を聞き、松本氏同行で篠山線の廃線跡を訪ねるという、なかなか鉄分の濃い内容となっています。
松本氏の講演はたいへん興味深い内容でした。
篠山線が建設を始める前年、1941年は太平洋戦争が勃発した年です。篠山口から福住までわずか2年で完成、突貫工事で進められたのは明らかですがそれにしても早いと以前から感じていました。篠山に近い三田から伸びる旧国鉄有馬線を不要不急路線として線路をはがし、国策線という名の篠山線に転用したということを知り納得しました。
そして、わたくしも新聞記事を読んで記憶にあったのですが、2016年に篠山線の廃線跡にプラレールの線路をつないで、車両を走らせた、その発起人こそが松本氏であったことに驚きました。このあとの廃線跡ツアーがますます楽しみになってきます。

 

まずはマイクロバスに乗り終点の福住駅跡に向かいます。そこから廃線跡をバスと徒歩で移動しながら篠山口駅まで戻る、このような行程になっています。マイクロバスはほぼ定員一杯、私たちのような鉄ちゃんはもちろん親子での参加もあり、ここまでは何となく理解できるのですが、なんと若い女性グループも。ツアー参加者は20名を超えていました。
女性グループの篠山線つながりは、実は「青春鉄道(あおはるてつどう)」という鉄道路線を擬人化した漫画があるらしく、そのなかで山陽新幹線の過去が国鉄篠山線、なのだそうです。よって「あおはる」の山陽新幹線ファンにとって、この場所は「聖地」になるわけです。

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鉄道って、いろんなかたちでつながっているんですね。

■ 廃線巡りは福住駅から

終点の福住駅跡にやってきました。貨物の積み降ろしホームと、旅客ホームを1面備えた終着駅でした。
写真は東側を向いていますが、この先山陰線の園部までの延長計画がありました。篠山線ができる以前にも姫路~京都間を結ぶ鉄道の免許を持つ会社はあったのですが実現には至りませんでした。現在福住で乗り換えるかたちにはなるものの篠山~園部間はバスが走っています。
福住駅跡にはこのような駅名板を模したモニュメントが置かれています。境界部分を示すために打つ工部省のマークが入った石もありましたが、果たして本物なのかどうか。
松本氏曰く、モニュメントには駅跡とありますが実際には駅付近跡が正解で、元々の駅構内は、この道路と建物があるあたりになるとのことです。
次の駅、村雲まではマイクロバスで移動します。一部、廃線跡をそのまま道路に転用した部分を走行して村雲に到着します。

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■ 村雲駅跡に置かれた駅名板

村雲駅跡にも、ご覧のようにお手製ながら駅名板がありました。
この駅からは、丹波地方で産出される資源「硅石」を積み出していました。
村雲~丹波日置間です。ちょうどクルマが走っているところが廃線跡になります。ここからはバスを降り徒歩で廃線跡を巡ります。

 

■ 田園風景の中に残る築堤


ここから丹波日置駅手前までの区間は、道路に転用されることなく築堤がそのまま残っています。ススキが目立つ部分が廃線跡になります。

途中、コンクリートアーチも随所に見られます。篠山線建設中はまさに太平洋戦争の最中で、コンクリートでの構築物が大半を占めています。

■ 篠山線跡最大のコンクリート橋

ひときわ大きなコンクリート橋が見えてきました。篠山線跡のなかで最もインパクトのある構築物になります。その上にはなんとレールが置かれています。
実はこのレール、当時からのものではなく篠山線関連のイベントで松本氏が設置されたそうです。バイタリティーに頭が下がります。

■ 長閑な風景のなかに残る未舗装の廃線跡

先ほどまでは廃線跡を眺めながら歩いていましたが、ここからは廃線跡そのものを歩くかたちになり篠山線全体でも特に印象深い区間になります。
非電化区間には、線路脇に碍子の付いたいわゆる「ハエたたき」と呼ばれる電柱が並びますが、「ハエたたき」ではないにしろ当時のままの電柱が一部、姿をとどめています。
線路も枕木もなく残念ですが、未舗装のまま残された廃線跡が長閑な風景にしっくり溶け込んでいます。


竹やぶの中をいく廃線跡です。ご覧のような電柱が残っています。この付近は人の手がはいっておらず探せばまだまだ篠山線に関連するものが出てきそうな予感がします。
ここを抜けると「丹波日置」はもうすぐです。

 

■ 丹波日置から八上、篠山へ

竹やぶを抜けたところ、碍子が残る電柱がありました。

丹波日置駅付近から先は国道372号線が拡張され、一気に痕跡が無くなります。途中、国道沿いにホームらしきかたちをしたものがありますが、どうやら当時のものではないようです。
ここから再びバスに乗り次の駅「八上」に向かいます。

 

八上駅はこの辺り、ということで説明がありましたが一面田園が広がり痕跡を見つけることはできません。区画整理された田んぼのなかを一直線に延びる農道がありおそらく廃線跡に近いものになるのかと思います。プラレールによる1日限りの篠山線復活運転はこの農道を使って行われたそうです。

篠山駅付近も道路そのものが廃線跡になっています。バスに乗車したまま篠山駅跡を通過、そのまま篠山口駅まで向かい廃線跡ツアーは無事終了となりました。

 

篠山線は1972年に廃止となりました。そもそも建設された経緯が国策線であり、丹波地方の硅石、マンガンの輸送、さらに山陽本線の迂回路として短絡的に敷かれたため、「篠山」という駅は存在したものの町の中心部からはかなり離れており利便性を重視した路線ではなかったことも一因でした。

残存していれば、のどかな沿線の風景と相まって単行の気動車が似合いそうです。

旧国鉄篠山線廃線跡、楽しませていただきました。
お世話になった皆様、ありがとうございました。

 

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