私鉄ローカル線に癒されて 2

こんにちは、よこてんです。
いつもご覧いただきありがとうございます。

今回は近鉄生駒線を訪ねます。
近鉄生駒線は近鉄奈良線の生駒から王寺までを結ぶ12.4キロの路線です。沿線はベッドタウン化が進んではいるものの、まだまだ緑が残るのどかな風景のなかを走ります。

生駒駅5・6番ホームから出発します。待っていたのは1031系1034F。「取り立てて特長のない近鉄通勤車両です」、と書きますと鉄ちゃんからブーイングがおきるかも。
他車との違いはまず、ヘッドライトがLED化されていますね。それと種別灯の下部に四角い白い箱があります。他の車両では見かけませんが、ホーム検知装置が取り付けられています。一般の方にはどうでもいいようなことだと思いますが。

それでは乗ってみましょう。

生駒駅を出ると、右に大きくカーブを切ります。ここから生駒山地に沿って走っていきます。生駒から南生駒までは複線ですが、ここから単線に。ただ、次の萩の台からは再び複線になり一駅先の東山からはまたもや単線になります。
写真は萩の台駅からの生駒山です。

東山から元山上口までは、以前は竜田川に沿った急カーブが続く区間でした。現在は線路が付け替えられトンネル化されカーブは解消されています。
交換設備のある平群(へぐり)、竜田川、勢野北口と停まり、信貴山下に到着。ここからはかつて信貴山へと登るケーブルカーが発着していました。ここで途中下車してみます。

信貴山下駅の構内です。信貴山詣での玄関口となっていますが改札のとなりにはご覧のように、かつてこの駅からケーブルが出ていたことを示すモニュメントが置かれています。そして近頃うれしいニュースが飛び込んできました。
信貴山下駅の駅前広場の様子です。右側に車両が見えますね。

こちらは、この鋼索線で使われていた車両です。近くの小学校に保存されていたのですが、最近お色直しをしてめでたく定位置に戻ってきました。日本で3番目に開通したケーブルカーになります。開業当時から廃止になる昭和58年まで走り続けました。

近鉄生駒線の前身は信貴生駒電気鉄道という会社で、大正11年に王寺~山下(現信貴山下)間と山下から信貴山への鋼索線を開業させました。王寺にはすでに関西線が開通していましたので、そこから信貴山朝護孫子寺への参詣客を見込んで線路を敷いたわけで、その後山下より生駒まで路線を延ばし現在の生駒線ができあがります。
信貴生駒電気鉄道は、鉄道線、鋼索線を開通させたものの経営難に陥り、当時三重県にあった合同電気という電力会社が資金提供をして、社名も信貴生駒電鉄となり山下以北を建設しました。余談になりますが現在の京阪交野線もこの会社が建設しています。枚方から王寺までの路線を計画していましたが、こちらも資金難に陥り私市~生駒間は建設を断念しています。
駅前からは傾斜のある道路が延びています。これが鋼索線の廃線跡で、はっきりと記憶はないのですが、左側の車線あたりがそうではなかったかなと思います。
信貴山下からは、1キロ弱で王寺に到着します。わずかな距離ですがその間に大和川を渡ります。王寺ではJR大和路線、和歌山線と乗り換えができますし、150メートルほど離れた場所には近鉄田原本線の新王寺駅があって乗り換えが可能です。「王寺」と「新王寺」。同じ会社でしかも直線で見える位置にあるのに線路はつながっていないなんとも不思議な駅ですが、次回は、この近鉄田原本線を訪れて、不思議な部分にも触れてみたいと思います。

 

 

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