保存車両を訪ねて(4)

こんにちは、よこてんです。
いつもご覧いただきありがとうございます。

再び山陽電車に乗って、姫路方面に向かいます。
大塩駅では、なつかしいリバイバルカラーの3000系に出会いました。
新型コロナ感染予防対策として、各車両、換気を良くするため一部の窓を開けて走行しています。エアコンは効かせてはいるものの、なんとなく非冷房時代を思い出しました。通常は窓を閉め切っているので、ジョイントやポイントを通過するときなどの音が、通常よりも大きく聞こえ「非冷房のころは車内放送も聞き取りにくいほどやったなぁ…」と。
いつもとは違う楽しみがありました。

向かった先は姫路駅のひとつ手前、手柄駅です。
山陽電車のすぐ横にご覧のような遊歩道があります。国鉄飾磨港線の廃線跡です。姫路からここまでは山電とほぼ並走していますが、ここからはわずかに離れながら終点の飾磨港をめざしていました。以前、山陽電車で鉄さがし(3)(4)で紹介しましたように、ここから飾磨付近まで遊歩道は続いています。ただ、姫路~手柄間は痕跡らしいものはあまり見かけませんでした。今回はこの廃線跡を横目に、ここから徒歩約10分ほどの手柄山中央公園をめざします。1966年、姫路で博覧会が開かれたときのメイン会場で、現在はプールや遊園地、水族館など市民のいこいの場所となっています。
手柄山中央公園に着きました。写真中央に歩道がありますが、それを支える柱が気になります。そして、茶色の建物にあるトンネルのような出入口にも。
今回の保存車両はこちら、姫路モノレールです。以前山陽電鉄で鉄さがし(2)のところで廃線跡に触れましたが、終点の手柄山駅を面影はそのままにリニューアル、同時にホームであった場所に車両を保存、一般公開されています。保存状態は極めて良好で、今すぐにでも走り出しそうなそんな印象を受けました。
車両はアルミ合金製、曲面ガラスを用いた前面のデザインもなかなかの優れものです。日本ロッキード社の製作です。
足元に線路が1本突き出ているのが見えるかと思います。この線路を両側から鉄の車輪で挟んで走っていました。そして右側にも線路のようなものが見えます。これはいわゆる架線にあたるもので姫路に向いて左側に設置されていました。さらに、この写真ではわかりにくいですが、桁を挟んで両側にも車輪がありました。現役時代の写真が展示されていましたので、その写真で補足させていただきます。
桁部分に線路のようなものが上下2本見えています。上部が架線になります。そして下部が車輪用のレールです。方式としては跨座式ですが、特別に「ロッキード式」と呼ばれました。先ほど触れたトンネルのような出入口、まさにこれですね。
コロナ禍ではありましたが、車内も開放されていました。ハイグレードなボックスシートに、カーテンが用意されています。果たしてカーテンが必要なのかどうかですが、広畑方面や、さらには鳥取までの計画もあったわけですから、やはりカーテンは必要ですね。

通勤、通学というよりは観光要素たっぷりのカーテンを備えた広く大きな窓、楽しそうな家族の姿が未来の新しい乗り物を予感させてくれますが、姫路モノレールにとっての未来は厳しいものでした。

駅名表、時刻表です。始発は9時、ずいぶんと朝寝坊です。では、夜遅くまで仕事をしているのかと思いきや、そうでもなさそうです。ちなみに運賃は姫路まで100円でした。現在なら安いかもしれませんが、当時の山陽電車が姫路から手柄まで30円だったことを考えるとかなりの高額です。当時は、歩く人も多かったということで、途中駅「大将軍」を経由して姫路まで歩いてみようと思います。
前回の訪問は2014年でした。廃線跡の高架は、かなりその数を減らしていました。そして大将軍駅の入ったビルはその跡形もなく更地になっていました。しかしながら、姫路駅近くの雑居ビルに残る支柱はほとんどそのままの姿をとどめていました。

営業距離が短いため、やはり、すんなりと姫路駅まで歩いてしまいました。博覧会への交通手段だけではあまりにももったいない、というのが率直な感想です。近未来の交通はわずか8年で終着駅をむかえてしまいましたが、歴史的遺産としてこれからも永く保存していただきたいと願います。

 

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