山陽電鉄で鉄さがし(2)

こんにちは、よこてんです。

山陽電鉄でもうひとつ忘れてはならないものに「アルミ車」があります。普通鋼に比べ軽量であり、錆びないので塗装も簡略化ができます。軽いということは当然のことながら省電力につながります。一番思い浮かべやすい車両は、そうですね、新幹線のN700系でしょうか。新幹線は塗装されていますから、もしアルミ車両っぽいのを選ぶとすれば、大阪メトロの御堂筋線10系ですかね。
現在では、アルミ車というのは珍しくなくなりましたが、そのパイオニアとも言うべき車両がここ山陽の2000系です。1962年の製造。残念ながら写真はありませんが、東二見に車庫がありそこに保存されています。

その弟分というのが、3000系の一次車になります。
1964年に第一編成が完成。写真の車両は第二編成で、1965年に製造されています。
残念ながら、この車両は廃車となっています。アルミ車両は、直通特急で活躍する5000系、2016年より、この3000系を置き換えるかたちで増備されている6000系に引き継がれています。

3000系アルミ車の写真を撮ったのが山陽姫路駅です。姫路で有名なのはなんといっても姫路城ですね。しかしながら鉄ちゃんであるわたくしはこんなものが目に付いてしまうのです。

住宅の屋根から伸びる煙突のようなもの。これは一体何なのか…。
実はこれ、モノレールの廃線跡です。モノレールと聞けば、どちらかといえば、これからの時代の交通形態をイメージするのですが、姫路市では先ほどの3000系第二編成が生まれた翌年、1966年にすでにモノレールが上空を走っていたのです。
当時の市長が同年、手柄山で開かれた博覧会の交通手段にと建設、姫路駅前から手柄山公園まで、途中駅1駅のわずか1.6KMの路線でした。市長はその後市内環状路線や、南西部広畑方面、さらには鳥取までの路線延長の構想もあり、未来の交通を夢見ていたのですが、運賃が高かったのと、公園と町を結ぶ路線であったため通勤客が利用せず、累積赤字が膨らみ、市民の反感を買い、1974年に早くも運転休止となってしまいました。
この美しい曲線をもったビルが、唯一の途中駅「大将軍」です。跨座方式であった軌道がビル内部に進入していくのがわかります。1、2階は店舗、3階に駅、そして上部階は住宅と、現役だとしても決して不思議ではない現代的な建築物だと思うのですが、この大将軍駅、開業から僅か3年で休止。先述したように運賃が高かったことに加えて、姫路駅まで距離にして500メートルしか離れておらず、列車を待たず歩く人が多かったことが理由としてあげられます。
現在この建物は解体されています。
廃墟は時に美しい…。あまりにも短い生涯でした。もし仮に、違う時代にこのモノレールが生まれたとしたら、時代の波に乗って、姫路の町を駆け回っていたかもしれませんね。

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