超レア「臨時準急」に乗って運と鉄分を授かる 2

こんにちは、よこてんです。
いつもご覧いただきありがとうございます。

前回は寅年限定、近鉄信貴線直通の臨時準急に乗車、信貴山口で西信貴ケーブル線に乗り換えて山上駅の高安山までやってきました。
今回はこの高安山駅に残る遺構をご紹介いたします。

■ 山上に残るホームの痕跡


高安山駅前には、信貴山方面へのバス乗り場があります。ケーブルカーが到着すると絶妙の接続で出発していきます。同じケーブルカーに乗車していた方はわたくしを除いて全員、バスに乗り込み信貴山方面に向かわれました。賢明な行動だと思われます。

問題の遺構はバス乗り場の手前にあります。

一見プラットホームか、と思うような構造物がありますが、まさにこれこそがホーム跡になります。
実はここから現在のバスの終点、信貴山門まで電車が走っていました。
近鉄信貴線や西信貴ケーブルと同じ1930年に開業、信貴山への参詣客を見込んで、近鉄の前身、大阪電気軌道の系列会社「信貴山電鉄」によって敷設されています。後に「信貴山急行電鉄」と社名を変えています。
ただ、走っている場所が問題です。ここは山の上ということをお忘れのないように。「よくこんな場所に電車を走らせたなぁ…」というのが率直な感想です。
どうやってここまで車両を持ってきたのか、答えはこの案内板の写真にあります。ケーブル線を使って引き上げている様子が写真に残されています。車両も総勢3両、14m級の小さなものでした。
さらに驚くのは、わずか2.1kmのこの路線が複線で開業していることです。複線といいましても単線並列式で、同じ線路で上下どちらの方向にも走れる仕組みになっていました。
途中トンネルが一ヶ所あり現在も健在で、バスはこのトンネルを通って信貴山門に向かいます。
現在、残っているのはこの部分だけですが、当時の図面などを見てみるとどうやらこの左側にもホームがあり、コの字型に作られたホームに線路が2本、行き止まりのかたちで配置されていたようです。
ホームの端にこんなものを見つけました。コンクリートの土台に金属が見えていますね。ホームの屋根を支えていたのか、もしかしたら架線柱が建っていたのかもしれませんね。

信貴山急行電鉄は1944年、不要不急路線として山上鉄道線と呼ばれたこの区間と先ほど乗車した鋼索線が運行休止となります。厳密にはそれ以前から経営は思わしくなく1938年に大阪電気軌道が委託運営をしていました。戦後、近鉄となり鋼索線は運行を再開しますが、この山上線鉄道線は復活することなくバスでの運行となります。実質、稼働したのは僅か13年間でした。現在残っていれば「山の上を走る電車」として注目を浴びるのは間違いないですが、検査時の車両の輸送などを考えるととても維持できるようには思えません。

わたくしがこの鉄道の存在を知ったのは高校時代でした。小学校のころ、遠足と言えば高安山、信貴山、生駒山が定番コースで事実何回もケーブルカーに乗り、バスに乗り換えたりしてこの場所を通過していたのですが、この構築物の存在すら知りませんでした。おそらく当時は、現在のように整備されておらず、この場所そのものが完全に草生して自然環境の中に埋没していたのだと思います。

 

■ 珍しい貨車付きのケーブルカーで下山

再び、西信貴ケーブルで山を下ることにします。ここまで来て朝護孫子寺にお詣りしないのか、と言われそうですが「寅年の朝護孫子寺」でもあり混雑度合いが予想できないのでここで引き返します。この時間で信貴山口に戻るとちょうど上本町発第2便の臨時準急に出会えそうなので、罰当たりではありますがこちらを優先します。

今回は「ずいうん」が待っていました。手前に荷台のようなものが付いていますね。こちらは珍しいケーブルカーの貨車です。主に、高安山駅で使用する水を運搬しているそうです。
サイドにはゆかりの地ということで寅が描かれています。
ところで、車両の番号が「7」になっていることにお気付きでしょうか。ここ西信貴ケーブルには2両のケーブルカーが在籍していて、番号は「7」と「8」です。
実は、1953年の運行再開時、近鉄は生駒、東信貴、西信貴とケーブルを3路線有していました。鋼索線車両は通し番号を使用しているためこのような番号を付けています。
かつて東信貴鋼索線は信貴生駒電気鉄道が所有していて、西信貴ルートを擁する大阪電気軌道とは商売敵の関係にありました。東信貴ケーブルが先に開業しており、そのお客さんを奪う話題性ということで山上に鉄道を走らせることになったのだと思います。西信貴鋼索線と山上鉄道線の開業により、必然的に東信貴鋼索線は大きくお客さんを減らすこととなりました。最終的にすべて近鉄の路線となるのも歴史の悪戯なのでしょう。その辺りも含めて私鉄ローカル線に癒されて 2 「近鉄生駒線」も併せてご覧いただけると幸いです。
東信貴ケーブル線は1983年に廃止されていますが、こちらを走っていた車両はコ9型で「9」と「10」を付けていました。

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■ 折り返し普通運用に乗車


信貴山口に戻って間もなく大阪上本町11時発の臨時準急第2便が到着しました。
1便と同じく2410系ですが、なんとなんと今度もサボが違います。撮り鉄の皆さんは大いに盛り上がったのではないでしょうか。
折り返しは1便と同様に河内山本行きの普通として運行します。この列車に乗って河内山本に戻ります。
河内山本に到着しました。ケーブル線の車両が昭和レトロを感じる車両であることは間違いありませんが、この2410系も負けていませんね。1971年が製造初年になりますのでバリバリの昭和車両です。
ここで各停のサボも外されて、高安方面に向けての回送電車となります。

現在、河内山本駅は信貴線から大阪線上りへの渡り線がありません。したがってお帰りの信貴山口発上本町行き直通準急を設定するとなると、河内山本から一旦スイッチバック、下り線を高安へ走り、さらにスイッチバックして上本町へ向かうことになります。輸送力のこともあるでしょうが今回の臨時準急が下りのみの設定であるのもこのためだと思われます。

 

■ そして、運は授かったのか…

寅年限定、超レア準急への乗車、果たして運を授かることはできたのでしょうか。
朝護孫子寺にお詣りせず 、挙句に信貴山口駅で購入した御守り(?)がこれ。果たしてご利益はあるのでしょうか。

余談ですが、当日のお昼過ぎに奈良県に住む友人からグループメールが届き、
「ご注進 さすがは信貴山 大きな寅の前から並んでますので、おそらく本堂に着くまで1時間はかかりそうです
よって出直してまいります お詣り予定の方は心してお詣りください」(本文そのまま)

やはり、寅年の信貴山はパワーが違いますね。

皆様にとりまして、2022年寅年が良い一年となりますよう。

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