国鉄型車両を訪ねて 7 「117系」

こんにちは、よこてんです。
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■ 国鉄が放った、起死回生の一発

今回は、117系です。1979年から86年のあいだに216両がつくられました。配置されたのは名古屋地区と京阪神地区で、どちらの地区でも「新快速」の運用を担いました。その後JRに代わり運転は続けられていましたが、JR東海管内はすでに運転を終了、全車両が廃車となっています。JR西日本管内は、その数こそ減りましたが現在もなお活躍を続けています。

117系は、好きな車両のひとつです。153系、165系に代わって「新快速」の運用を任されるわけですが、「急行型車両を訪ねて(3)」でも触れましたように、「新快速」は113系でスタートして、その後153系、165系で、運転されました。ただ、長らく急行として酷使された車両であったために、料金不要ながらも中古車両のイメージは拭えませんでした。特に大阪~京都間は阪急、京阪との競合区間で、阪急は6300系、京阪は3000系と、どちらも転換クロスシートを配した魅力的な特急車両を走らせていました。
車両で劣る国鉄が、逆転を狙って放った一発こそがこの117系なのです。

■ 今もなお色あせない魅力


何がどう魅力的なのか。まずこの斬新な顔付きでしょうか。正面は非貫通になりました。さらに軽い流線型となり、「高速」感をイメージしています。
新快速が設定される以前、京阪神地区では、新快速の前身ともいうべき「急電」と呼ばれる速達運行サービスがありました。その運行用に開発されたモハ52型と呼ばれる車両は、当時としては斬新な流線型、しかも外装はベージュと茶色のツートンカラーでデビューを果たし、人気を博しました。117系はまさにこの生まれ変わりとして、同じ配色で、そして愛称も「シティライナー」と名付けられて、新快速の運用に就いたわけです。

 


側面は2ドアを採用。ただ、ドア位置を内側に寄せて、乗降がスムーズにできるように工夫されました。さらに車内は転換クロスシートを採用しています。当時は急行車両ですら4人が向かい合うボックスシートでしたので、特急と遜色ない設備を用意したといっても間違いないでしょう。内装も阪急電車を意識してか落ち着いた木目調に。そして何と言っても台車。特急車両が装備していた乗り心地の良い空気ばね台車DT32Eを採用しました。
JR発足後、西日本は近郊型車両として221系を製造しました。これにより117系は新快速の運用から外れることになります。電動車はMM’ユニット方式、それに制御車が付いて、最低でも4両編成となるため、比較的輸送密度の高い本線筋や都心部に近い、山陽本線岡山地区、紀勢本線、福知山線、湖西線などに転属となりました。
写真は和歌山線になります。105系がメインの路線でしたが、朝と夕方のラッシュ時のみ運用にはいっていました。

 

こちらは紀勢本線での117系です。
現在は227系に置き換えられており、紀勢本線、和歌山線での運用は消滅しています。

 

こちらは、京都駅です。京都からは湖西線、近江舞子、近江今津方面に、そして、朝夕の時間帯には草津線での運用もあります。

このほか、岡山地区では快速「サンライナー」として俊足を発揮しています。なお、当初6両で転属しましたが、短編成化のため4両編成としたときに、余った中間の電動車ユニット2両を115系制御車と組成させるという荒業を敢行、115系3500番台に車番も変えて現在は山口管内で走っています。

 

■ 「クルーズトレイン」として再出発

JR西日本は、クルーズトレイン「トワイライト瑞風」に続く新しい長距離列車として、この117系を改造した特急「WEST EXPRESS 銀河」を発表、2020年5月から運行を予定していました。瑞風よりはるかにリーズナブル、しかも種車は117系で、「これは乗りたい!」と思っていますが、現在、新型コロナウイルス感染拡大により運行が開始できない事態となっています。

思えば117系は、私鉄の無料特急に対抗して誕生したという経緯があります。車内もハイグレードでした。大鉄局が命運を懸けて、料金を取れるわけでもないのに、お金をかけた車両であることがひしひしと伝わります。今回は「特急」として生まれ変わりましたが、117系としては、やはり「料金不要」という大前提が本意なのでしょうか。

冗談はさておき、早く終息して一日でも早い運行を願うばかりです。
(※2020年9月より運行を開始しました。)

 

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