駅は伝える

こんにちは、よこてんです。

愛知県に武豊(たけとよ)線というJR東海の路線があります。東海道本線の大府駅から、知多半島の武豊までの19.3KMを走る路線で、長らく非電化で運転されていましたが、2015年に直流1500V電化が完成、JR東海おなじみの313系が走っています。
この武豊線、愛知県では一番最初に敷かれた鉄道になります。まだ東海道本線は敷かれていません。当初は関東と関西を結ぶ主要幹線を東海道ルートにするか中山道ルートにするかで悩んだあげく、海沿いは敵国から狙われやすいと、中山道に線路を敷くこととなり、その資材は知多半島の港まで海上を輸送、そこからの輸送手段として武豊港(現在は廃止)、熱田間が1886年に建設されました。しかし途中で、中山道の建設が地形的に困難を極めるとのことから現状の東海道ルートに変更されます。その結果、大府から名古屋方面の区間は東海道本線に組み込まれ、残りは知多半島を走るローカル線となり、現在まで走り続けています。
このような経過から、武豊線には今もなお歴史的建造物がいくつか残っています。今回はそのひとつが残る半田駅をご紹介します。

半田駅は武豊線開業と同時に設置されています。現駅舎も歴史を感じさせます。ただ、武豊線内にはもうひとつ上手がいて、亀崎駅の駅舎が日本で最古の現役駅舎と言われています。半田駅舎は1912年の生まれ。この駅舎にしても古いですが、半田駅は開業したのち、駅そのものが移動している関係で駅舎は亀崎駅より新しいものになります。
半田駅にある最古のものはこちらになります。この跨線橋がそうです。日本で最も古い跨線橋とされていて1910年製です。細部まで目をこらしてみると、最近の建築物とはまたちがった美しさを感じとることができます。
ホームもまた、いい味を出してますね。また、このホーム自体使われていないため、かさ上げもしておらず、跨線橋の支柱も下部よりしっかりと確認できますね。
実は、山陰本線の八鹿駅や大田市駅にこれよりも古い跨線橋が実在します。しかしながら、その跨線橋は別の駅より移設されたものであり、設置されてから同じ場所にある跨線橋となると半田駅が最古となります。
そして、忘れてはならないのがこのランプ小屋。客車の照明やカンテラに用いる灯油を保管していた場所です。機関車の前照灯なども灯油が使われていました。灯油が危険物であることからレンガ造りとなっています。このランプ小屋も跨線橋と同い年です。ちなみにランプ小屋では、JR奈良線の稲荷駅に残るものが最古とされています。
こちらは現在使用されているホームになります。かさ上げされているので、跨線橋の支柱下部が少し埋められています。
最近は橋上駅舎が主流となり、その結果、単体での跨線橋が急速にその数を減らす傾向にあります。その中には、ここ半田駅のように、歴史的に貴重なものもあるかと思います。
最初に触れましたように、武豊線の電化は2015年。それまでは気動車が走っていました。電車が走るには架線を張り、パンタグラフからの集電となります。したがってレールと跨線橋のあいだをくぐりぬけるのに必要な高さが変わってきます。最悪の場合、この跨線橋が取り壊されるのではないかとも思いましたが、幸い電化後も同様に使用されました。ぜひこれからも現役で、明治の鉄道建造物を後世に伝えていってほしいものです。

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