山陽電鉄で鉄さがし(8)

こんにちは、よこてんです。

山電の高砂駅に戻ってきました。

神戸側に目をやると、国鉄高砂線の跡が加古川の堤防に向かって延びています。このあとほぼ山電と並行しながら加古川を渡ることになりますが、その向こう側はどうなっているのか。今回はそのあたりを散策してみましょう。

高砂駅から、普通電車に乗って隣の駅、尾上の松にやってきました。国鉄高砂線が走っていたころはこの近くに尾上駅があり乗り換えが可能でした。

尾上駅跡です。高砂駅同様、モニュメントがおかれています。並走していた高砂線はここから向きを変え山陽本線加古川へと向かっていきます。
尾上駅を過ぎてすぐに山電がオーバークロスする場所があります。ここが高砂線跡となります。現役時代は、単線で非電化、もちろん山電のほうが本数も多いですが、高砂線が先輩なんでこんなかたちになります。
こんどは、反対方向に行ってみましょう。
先ほどまでは、尾上駅の東側を見てまわりましたが、こんどは西側にやってきました。山電が走るすぐとなりに未舗装の道があります。ここから加古川の堤防までこんな感じで廃線跡が残っています。
小さな水路を渡る廃線跡。枕木もしっかり残っています。
途中、南側に分かれる線路跡を発見しましたが、これはわたくしも知りませんでした。果たして線路が敷かれていたのか、それとも用地だけのものなのか。
煉瓦作りの水路。おそらく播州鉄道開業当時に作られたものでしょう。上部の柵はおそらく国鉄時代のものでしょうか。
廃線跡と並走する山陽3050系3072編成です。アルミ車ですね。3050系は当初から冷房装置を装備した車両で、3000系と区別されています。

加古川の堤防近くまでやってきました。立派な遺構です。加古川を越える築堤です。このように廃線跡がしっかりと残っています。
加古川を渡る5000系直通特急です。この隣を高砂線も渡っていたのですが、こちらは何も残っていませんね。高砂線は3セクに移行の話もあったそうですが、最終的には廃止されました。その要因としてここ、加古川にかかる橋梁の老朽化があったそうです。ただ、真実なのかどうかは疑問符のつくところです。
そろそろ帰途につく時間になりました。
播磨地区は、失われた鉄道が数多く存在します。華やかな時代のあとに待っていた結末はあまりにも寂しいものでした。路線という細長い土地の活用方法としては、結局、遊歩道や自転車道のようなものになってしまいます。決して人口の少ない地域ではないので、生き残れる要素は充分にあったのではないかと。いま一度先を見据えてライトレールなどの再利用を考えられないものなのかなと思いつつ。

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